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雅子様の病状や症状が適応障害と言われる?その理由は一体?

雅子様

皇族の雅子様。その雅子様は適応障害と言われいます。雅子様の病状や症状は本当に適応障害の症状に当てはまるのでしょうか?

今回は雅子様の病状や症状が適応障害と言われる理由について紹介していきます。




雅子様が言われる適応障害とは一体?

雅子様の病状や症状が適応障害に当てはまるのでしょうか?まずは適応障害とは一体何なのかということから解説していきます。

適応障害について

適応障害とは、ICD-10(世界保健機構の診断ガイドライン)によると「ストレス因により引き起こされる情緒面や行動面の症状で、社会的機能が著しく障害されている状態」と定義されています。ストレスとは「重大な生活上の変化やストレスに満ちた生活上の出来事」です。ストレス因は、個人レベルから災害など地域社会を巻き込むようなレベルまで様々です。

引用元:厚生労働省

適応障害になると、症状としては抑うつ気分・怒り・焦り・不安・動悸・多汗・めまい等が起こるようになります。

例えば、会社員の人が上司に怒られっぱなしで表情がなくなったりしますよね?また、怒られっぱなしでストレスのはけ口がなくなってイライラしますよね?他には学校にいる生徒がいじめっ子からいじめを受けて、何度もいじめを受ける旅に、学校に行きたくなくなって、部屋にずっと閉じこもってうつ状態になりますよね?

そういう状態を含めて適応障害と言われています。

適応障害を治す方法は簡単で、ストレスの元を取るということです。

私も働いていた時はストレスで、いつもどおりの作業をしていて、少しの事で動悸が起こって、しまいには過呼吸気味になっていました。




雅子様が適応障害と言われるようになったのはいつ?

雅子様が”適応障害と言われるようになるまで”をまとめてみました。

雅子様は2004年7月30日に”適応障害”と公表されました。ということは2004年7月30日以前から適応障害の兆候は出ていたということになります。元をたどってみました。

雅子様は皇太子・現天皇陛下とは1993年6月に結婚しました。雅子様と天皇陛下は1993年以前よりも前、6年から7年前から交際をしていました。結婚当初はパレードなどをしていて、幸せな結婚に見えていました。

しかし、それから雅子様は1999年12月30日にお腹にいた子供を流産したということが判明しています。この時、精神的なダメージはあったと思われます。

そして、翌年の2000年7月には香淳皇后(昭和天皇の正妃)の斂葬の儀(葬儀)を欠席して、斂葬の儀以降、休むことが多くなっていました。

その4年後の2004年に「適応障害」ということが発表されることになりました。

ということで、雅子様は適応障害と発表されたのは2004年ですが、2000年には適応障害になっていたと考えるのが妥当でしょう。

雅子様は、現在は愛子様がいて幸せかもしれませんが、初めての子供が出来て幸せだったところに流産で悲しかったことは間違いないでしょう。雅子様のケアはどうだったのでしょうか?

雅子様が適応障害の原因?人格否定発言

 

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🇯🇵🇯🇵🇯🇵🇯🇵 เจ้าฟ้าชายนารุฮิโตะ มกุฎราชกุมารแห่งญี่ปุ่น และเจ้าหญิงมาซาโกะ มกุฎราชกุมารี พระวรชายา เสด็จพระราชดำเนินไปในการทอดพระเนตรเทศกาลวัฒนธรรมแห่งชาติ ครั้งที่ 33 ณ เมืองสึกุมิ จังหวัดโออิตะ ประเทศญี่ปุ่น —- Their Imperial Highnesses Crown Prince Naruhito and Crown Princess Masako of Japan attended the 33rd National Cultural Festival 2018 in Tsukumi, Oita Prefecture, Japan. —- 皇太子ご夫妻、大分県津久見市で、地元で活動し、「第33回国民文化祭・おおいた2018」の練習を見学された。 —- Photos: Mainichi, Jiji #crownprincenaruhito #naruhito #crownprincessmasako #masakoowada #masako #japaneseimperialfamily #japan #皇太子殿下 #皇太子妃雅子様 #雅子さま #日本 🇯🇵🇯🇵🇯🇵🇯🇵

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雅子様が適応障害の直接的な原因になったものとして、「人格否定発言」が挙げられていました。「人格否定発言」とはどういったことだったのでしょうか?

「人格否定発言」は、2004年5月10に皇太子様が発した言葉です。

雅子にはこの10年,自分を一生懸命,皇室の環境に適応させようと思いつつ努力してきましたが,私が見るところ,そのことで疲れ切ってしまっているように見えます。それまでの雅子のキャリアや,そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です。

引用元:http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/gaikoku/gaikoku-h16az-europe.html

現天皇陛下の言葉を簡単にすると、雅子様に関わる周りの人間が色々なコトバや行動で否定していたということです。天皇陛下はそれ以上踏み込んだ内容を伝えませんでしたが、「夫婦ともに悩んでいた」という言葉を伝えています。

上皇陛下や秋篠宮さまは記者会見・文書で「人格否定発言」について言及し、天皇陛下はそれ以上のことを答えませんでした。

天皇陛下の優しさが垣間見えましたよね。「夫婦ともに悩んでいた」天皇陛下も普通の家族と一緒なんですよね。一般人とはかけ離れているようで、人としては何も変わらないというのを改めて感じさせられました。

ただ、上皇陛下や秋篠宮様が疑問を投げかける理由もわかります。

例えば、あなたの家で、旦那様や奥様が姑にイジメられていたとします。イジメられていることを近所の人に話すというのと同じ感じです。つまり、上皇陛下や秋篠宮様は内輪(うちわ)の揉め事を「なんで知らない人に教えるの?やめてくれない?」と言ってるようなものだからです。

上皇陛下や秋篠宮様は仲が悪いことを言って欲しくなかったんだと思います。でも、仲が悪いことを言わないと誰も手を助けてくれませんよね?天皇陛下は悩んで宮内庁の人達にも相談したでしょう。宮内庁の人に言っても改善されなかったので、「人格否定発言」とも取れる内容をさらけ出したのではないでしょうか?勇気のいることだったと思います。

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雅子様の直接的なストレスはどうったこと?

先ほどは具体的なストレスではなく、”ストレスがありました”ということだけを書きました。では雅子様への直接的なストレスは一体どういうことだったのでしょうか?

雅子様のストレスは次のようなことが挙げられます。

  • 世継ぎの子供を産まなければならない
  • これまでの外交官の仕事ができない

なぜこの2つがストレスになってしまったのかを書いていきます。

2003年12月に当時の湯浅利夫宮内庁長官の発言に次のようなことがありました。

「秋篠宮さまのお考えはあると思うが、皇室の将来を考えると3人目を強く希望したい」
引用元:newsポストセブン

1965年に秋篠宮様が生まれて約40年ほど男の子が生まれていなかったので、雅子様には男の子を産まなければならない使命ができてしまいました。

そして、雅子様は結婚以前は外交官として海外に行くことが生活の一部になっていて、結婚後は6年間、外国訪問ができなかったことに適応できなかったと話しています。

雅子様は国の一大事に関わる、世継ぎ問題を背負わされていました。雅子様にくるプレッシャーがハンパありません。雅子様以外の女性が天皇に嫁いでいても、大変なプレッシャーになっていたことは間違いないでしょう。

そして、雅子様の海外訪問ですが、雅子様自身、外交官は仕事でありながらもストレスも同時に発散できる人だったのでしょう。または、キャリアウーマンだったので、仕事をしていないことがストレスに感じられたと思うのでしょう。

キャリアウーマンの方は雅子様の気持ちは大変理解できるのではないでしょうか?

では、2019年の雅子様は現在も適応障害になっているのでしょうか?

雅子様は適応障害後から2019年現在までに治っているのか?

雅子様は2004年に「適応障害」と発表されましたが、2003年から長期療養をとっていました。

雅子様は2013年4月に10年4ヶ月ぶりにオランダへ海外訪問をしています。そして、2015年7月にはトンガへ訪問するなど、元気な姿を見せています。

さらに2019年5月1日には、ご存知の方が多いと思いますが、赤坂御所から皇居に移動する際に、手をふって元気な姿を見せてくれています。

ただ、報道でも伝えられているように、雅子様は現在も療養中ということです。

雅子様はストレスを溜めないようにバランスをとって公務をされていますね!

雅子様のプロフィール

 

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🇯🇵🇯🇵🇯🇵🇯🇵 สำนักพระราชวังอิมพีเรียลของญี่ปุ่น ได้เผยแพร่พระฉายาลักษณ์ของเจ้าฟ้าชายนารุฮิโตะ มกุฎราชกุมารแห่งญี่ปุ่น และเจ้าหญิงมาซาโกะ มกุฎราชกุมารี พระวรชายา ทรงฉายพระรูปพร้อมด้วยยูริ สุนัขทรงเลี้ยง เนื่องในโอกาสเฉลิมฉลองครบรอบ 25 ปีวันพระราชพิธีอภิเษกสมรส วันที่ 9 มิถุนายน 2561 ณ พระตำหนักโทงุ พระราชวังอากาซากะ —- Japanese Imperial Household Agency released the official photos of Their Imperial Highnesses Crown Prince Naruhito and Crown Princess Masako, with their dog “Yuri” marked 25th Wedding Anniversary at Togu Palace, in the Akasaka Imperial Estate. —- 結婚25年を前に、愛犬の「由莉(ゆり)」とともに東宮御所の庭を散策する皇太子ご夫妻、宮内庁提供。 —- Photos: Imperial Household Agency #crownprincenaruhito #naruhito #crownprincessmasako #masakoowada #masako #japaneseimperialfamily #japan #皇太子殿下 #皇太子妃雅子様 #雅子さま #日本 🇯🇵🇯🇵🇯🇵🇯🇵

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  • 皇太子徳仁親王妃雅子(こうたいしなるひとしんのうひ まさこ)
  • 続柄:小和田恆第一女子
  • 全名:雅子
  • 身位:皇太子妃・親王妃(皇太親王妃)
  • 敬称:殿下
  • お印:ハマナス
  • 生年月日:1963年12月9

雅子様には愛子様がいますよね!愛子様も随分と変わられて、
来年は大学進学です。秀才と言われていますが、どんな大学に進むのでしょうか?気になりますね!

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雅子様の病状や症状が適応障害と言われる?その理由は一体?まとめ

雅子様は宮内庁との折り合いや、これまでの外交官の仕事ができずに適応障害となっていました。

そして2019年現在も療養中と言われています。ただ、適応障害になった初期よりも元気な姿を見せているような気がします。

私もストレスを解放して、今は動悸が起こるようなことはありません。ただ、お腹周りが出てくるようになりましたが。(笑)雅子様もしっかりと適応障害を治して公務復帰して欲しいです!



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